痴呆症実体験


我が家には二人の老人性痴呆症がいる。
 一人は私の母親Aであり、もう一人は妻の母親Bである。87歳と97歳。

 8月15日の夕方、Aは、夕方の梵鐘を撞いてから、部屋で足を滑らせ、壁に頭を打ち付けたのか、首の骨を折ってしまった。幸いにも脊髄には損傷がなく、骨折だけということ。
 しかし、全治2ヶ月ということで、頭蓋骨にボルトを埋め込み、カーボンファイバーの装具をつけられて・・・・。2ヶ月経ったが、まだ装具は取ってもらえず、高濃度点滴だけの毎日である。

兆しは数年前からあった。
 まず、スーパーのビニールの買い物袋を集めだしたこと。そして、それに何でも包み込み、その上からマジックで品物の名前を書いておくという。
 品物をそのまま置いておけば、誰でも分かるのに、わざわざ包み込むから、中味がすぐに分からないので、何度も同じ物を買う羽目となっていた。
 何でもかんでも袋に入れかけたら呆けの始まりなのです。

冷蔵庫の中に入っているのに、次から次へと近くのお店から毎日買い物をするようになっていた。
 症状の進行を少しでも押さえるためにと、夕方の梵鐘を撞く役をさせていた。時報のごとく、正確な時刻に梵鐘を撞いていた。ゴミの始末もさせていた。
 何か、役目を与えることが呆け防止には良いということだった。


ところが、入院して手術を受けて、装具をつけると、見る見るおかしなことを言い出した。
 「こんな本堂の軒先に野ざらしにして!」
 二日も経たないうちに、点滴の針は取ってしまうわ、流動食のチューブは取ってしまうわ・・・・。
 言い聞かせても、ものの二分も経たないうちに、また同じ繰り返し。
 とうとう、ベッドの手すりに手をくくりつけられてしまった。
 それでも、半日もすると、くくりつけられた手をほどいてしまう。

 お宅、どちらさんで?
と、言われた時には、もうがっくりの突き当たり。
 自分が手術を受けて治療中であるとは理解できず、家族の者が自分を捨てて、しかも拷問のような物をつけさせているとしか理解していないのだ。


一月後、今度は妻の母が、畳の上で尻餅をついて、大腿骨骨頭骨折。
 耳が遠く、そして呆けも少々進行中であったから、これまたたまらない。
 同じ病院の隣同士の部屋に入院する事になった。
 97歳だから手術は・・・・と思っていたが、このままでは寝たきりになってしまうとのことで、手術をすることになった。
 が、
 夜、寝ないでいるものだから、昼は車椅子に座らせてある。
 本人は骨折して手術をしたことを何度言っても理解できないから困ったもの。
 車椅子から立ち上がろうとする。
 とうとう、こちらさんも、車椅子にくくりつけられてしまった。
 くくりつけられていると言うことは判断できるようで、
 私は何か悪いことをしましたか??!!
 って、看護婦さんに食ってかかる。

  あんたは誰???
  私のお婿さん
 と妻が言っても、そんなことは全く理解出来ない。
 二人の呆け婆さんが、同じ病院の隣同士の病室。


見舞いに行ったり、世話をするには良いが、お医者さんも看護婦さんも、本音の所はあきれているのか、手の着けようがないのか、こちらがもう恐縮するばかりである。
 家族を見ると、それでも何か分かるのか、目つきが変わる。それも、憎しみをたたえた目つきである。
 「自分を家から放り出して、こんな窮屈な目に遭わせている」と言わんばかりである。
 環境が変わったので、一過性の呆けが進行していると言う方もあるが、退院したら少しは何とかなるのだろうか。

よく、「老人病院では、ベッドにくくりつけられている。かわいそうだ。」と言うことを聞いた事があったが、くくりつけないと、ちょっと目を離した隙に、何をしでかすかわかったものではない。
 なにせ、自分が病人で、安静にしていなければならないと言うことが理解出来ないのだから。
 まさに、この世の地獄を見るような思いである。


親族を介護すると言うことは、ものすごい忍耐と理解がないと、介護する者の方のストレスはたまったものではない。
 他人の介護であれば、「仕事」と割り切ってしまえるかも知れない。
 兎にも角にも、我が家は目下空中分解寸前というところ。
 私たち夫婦には兄弟がいないから、結局は私たち二人で何とか潜り抜けねばならない。
 遠くから、「見舞いに・・・・」と親戚が言っては来たものの、低調にお断りした。

 近頃の若者を見ていると、「自分さえ良ければ・・・」と言った節がないでもない。
 飯を食ったらそのまんま。母親がどんなに立ち働いているのかを理解してやろうともしない。


おじいさん!! 私を絞め殺して!!
 って、おじいさんのネクタイにしがみついた婆さんがあったそうだ。
 ひょっとして、いや、確実に、私たちはそうなるかも知れないなぁ。
 「やがて行く道」 とは言いながら・・・・・・・。


仏法で、「地獄極楽は死んでからではなく、まさに、この世の中にある」と説かれているが、その通りだ。
 介護する者も地獄であれば、介護される者も地獄である。

 他人事と思うとれ!!!
       やがて、あんたも味わうんじゃ!!

2004年4月、二人ともお浄土へ還って行った。満89歳と102歳であった。


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