2月12日、夜遅くまでPCに向かってキーを叩いていた。目もショボショボ、背中も痛くなり、「今日はこれまでにしよう」と、ホームページ作りを終わって、ADSLになった気安さから友人にメールを送ったのは日付も変わった13日の0時半頃。
風呂に入り、明日の仕事のため、いつもの睡眠導入剤アモバンを半粒飲んで布団にもぐり込んだ。ウトウトし始めたとき、枕元の電話が鳴った。
病院ですが、お母さんの状態が急変しましたので、家族の方はすぐにお越し下さい。
と、当直の看護師さんからの知らせであった。
急いで、もう一人の婆さんと一緒に寝ている坊守を起こし、次男を起こし、着替えもそこそこに病院へ向かった。途中、別居している長男にも電話。
ようやく病院に着いたら、
すぐに集中治療室へ行って下さい。
とのこと。部屋に入ると、母は看護師さんに大きな風船のようなもので肺に直接空気を送ってもらい、当直のお医者さんは両手で心臓マッサージをしてくれていた。
胸からは心電図のコードが伸びており、モニターの画面を見ると、マッサージに合わせてピクリと波形が動くが、他の波形はもう平坦のまま。
電気ショックをしたのですが、反応を起こしませんでした。もう脳死の状態です。
とお医者さんの言葉であった。
お医者さんのペンライトを借りて、閉じている瞼を開けて照らしてみても、瞳孔反応はもう全く起こさなかった。
家族が来るまで、と、それでも当直のお医者さんと看護師さんが試みてくれていたのだ。
ありがとうございました。
と言って、処置を止めてもらった。
顔に手を当てると、まるで生きているかのように温かかった。
看護婦さんが、
体を拭いて、着替えをさせますから、外でお待ち下さい。
と親切に言って頂いたのでしばらく部屋の外で待つことにした。寝台車も病院から呼んで貰うことになった。
家に連れて帰ったのは午前3時になろうとしていた。
母は、平成11年8月16日、家の中で滑って頸椎骨折をし、3ヶ月もの間、頭を固定されて過ごした。
これをすると、二日で痴呆が出始めますよ。ものすごいストレスが懸かりますから。
との主治医の先生の言葉どおり、二日後には、以前の母とは思えないような、ものすごい妄想と幻覚と痴呆が襲ってきた。
野良猫がそばに来た。
本堂の裏の軒先で野ざらしにされている。
医者は私を殺そうとしている。
などなど。
4ヶ月目、やっと矢倉炬燵のようなギブスが取れ、今度は鞭打ち症の時に使うコルセットになった。ようやく食事が出来るようになった。しかし、相変わらず痴呆は進み、幻覚や妄想は少なくなったものの、今度は自分が元気な時と同じように体が動くという錯覚が先行し、ベッドから降りようとしては床に転げ落ちることがたびだび起こるようになった。食欲だけは旺盛になって、アンパン、あんころもち、何でも平らげた。糖尿があるのだが、食欲には勝てず、
何でも食べさせてあげてください。
と言われるようになったのでした。