欲を満たすのが宗教?


 あなたにとって一番大切な物は何ですか?
 という問に対して、その道の人のお話によると、どうもアジア系とヨーロッパ系では違う答えが出てくるそうだ。
 ヨーロッパ系は、そのベストス3の中に「宗教」というのが入ると言われるのです。
 アジア系、その中でも日本人はというと、健康、金、家内安全だという。

 ある有名なお寺へいくと「お札さん」が売られており、それを買って、ありがたい(?)お経を称えてもらう。
 「どんな御利益がありますか?」と訊ねると、
 「あなたが健康であり、ご家庭が円満であり、商売が繁盛します」と答えられたそうだ。

 「宗教」ということを大切な物として挙げた方は、「自分の生き方を考えていくための大切な指針」として「宗教」を見ているのに対して、もう一方は、欲望を叶えるための道具として「宗教」を見ている、と言うのである。

 日本人の「宗教」への感覚は、「欲くを叶える手段」として見てきたフシがある。
 道端の看板に、「願いをかなえて……」というのがあった。つまり「欲を満たして……」と言うことだろう。ところが、欲が満てれば、また欲が出てきて・・・。際限なく繰り返していく。
 そんなことは宗教ではない。
 どうも日本人というのは。おかしな民族なのかも知れない。

 外国へ行くと、「あなたの宗教は何ですか?」と訊ねられることがあるという。
 「無宗教です」
と答えると、とても怪訝な顔をされるという。向こうでは、「無宗教者」は信用されないそうだ。
 つまり、「人間としてどう生きていけばよいのかという指針を持っていない人」と見られるのだそうだ。
 怪しげな、インチキくさいものが、「宗教」という名をつけて存在してきた過去のために、「宗教を信じている」というと危険視されたり、偏屈者扱いされてきた。
 どうぞ間違わないで、しっかりと宗教の本質に触れて頂きたいものです。

 蛇足ですが・・・・。
 ある中学校の生徒達が、海外交流でオーストラリアへ行きました。
 向こうへ着いたら、歓迎レセプションがあって、国歌のエールがあったというのです。
 オーストラリアの中学生(?)が、オーストラリア国歌を誇らしげに歌ったということです。
 今度は○○中学校の番です。
 当時は「君が代」は国歌とは正式には制定されていなかったのですが、
 はたと困ったのです。国歌って何???
 仕方がないので、とっさに校歌を歌ったということです。
 国際的なエチケットからいうと、なんと不作法で失礼なことか・・・。

  私は「君が代」そのものについての賛否を云々しているのではありません。
 「知らない」で通ることもあるが、そうは行かない時もある。

 「無宗教です」ということは、自慢でも何でもない。「芯のない人」と見られているかも・・・。

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