信仰の力


東本願寺ご影堂

 天明8年(1789)、京都の東本願寺の御影堂も焼け落ちるほどの大火事が起こった。
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 浄土真宗(当時は「一向宗」と呼ばれていた)の熱心な信者の中で、本願寺に万一の事があると駆けつける「消防隊」のようなものがつくられていたようだ。

 押し寄せる火の粉をものともせず、御影堂の大根に乗って、火の粉を防ぎ、類焼から守っていたのだが、とうとう建物に火が移り、あの大屋根に乗って火を防いでいた百人もの人々は、火事で大屋根が崩れ落ちるのと運命を共にしたという。

 屋根と共に命を失っていった仲間の死を悔やむよりも、本願寺と共に死ねなかった事を残念がったという話が、肥前平戸城主の松浦静山まつらせいざんの書き残している『甲子夜話かっしやわ』というものの中に記されている。(現在の佐世保市 松浦静山は平戸34代の城主で、明治天皇の曾祖父にあたる)

 松浦静山は、「どうしてそんな考え方が出来るのか」と、とても理解が出来ないというふうに書いているのだが、今の私たちにとっても、信仰の力とは言いながらも、御影堂と命を共にするほどの勇気もなければ、行動力もないのが事実だ。

 本山に行くと、「毛綱けづな」というものがある。御影堂を建築する時に、大きな木材を持ち上げるのに、普通の綱ではすぐ切れてしまって、工事が進まなくなった時、女性信者が競って自分の髪の毛を切り取り、それを撚り合わせて太い綱を作ったという。

 その「毛綱」を使って材木を持ち上げると、ようやく工事を進めることが出来たという。

そして、それらの用材は、木曽や北陸の山の中で伐採され、橇そりで運び下されたが、何度となく橇の事故が起こって、多くの人々の命が費やされたという。

橇と毛綱が展示されている

 どうして信仰というものは、それほどの力を人に与えてくれるのだろうか。
 今の時代、それほどまでの信仰を持ち合わせていたら、それこそカルト教団では?と胡散うさん臭く見られるのは間違いない。

 当時は信仰というものが生活の中心にあって、特に真宗の場合は、「阿弥陀の本願によって極楽往生出来る」という教えを、本当に自分のものとして実感していた社会情勢にあったのだと思う。

 親鸞聖人は『唯信鈔文意』の中で、(適宜漢字に書き直した)
「『唯ゆい』は、ただこのこと一つという。二つ並ぶことを嫌う言葉なり。また『唯』は、一人という意こころなり。『信』は、疑いなき意なり。すなわちこれ真実の信心なり」

「りょうし・商人あきびと、さまざまの者は、みな、石・瓦・礫つぶてのごとくなるわれらなり。如来の御誓いを、二心ふたごころなく信楽しんぎょうすれば、摂取の光のなかに摂め取られまいらせて、必ず大涅槃だいねはんのさとりをひらかしめたまうは、すなわち、りょうし・商人などは石・瓦・礫てなんどを、よく黄金こがねと為さしめんがごとしと譬えたまえるなり。摂取の光ともうすは、阿弥陀仏の御こころに摂め取りたまうゆえなり。」
と述べられている。

 食べ物も、衣類も、住居も貧しくて、明日をどう生きたら良いのかと思いあぐねている時、
「弥陀の本願が必ず救い取ってくれるから、今日を精一杯に生きていくのだ」
と示されたら、それは、もう、阿弥陀の後ろ盾をもらって、勇気百倍、日々を生き抜く力の原動力となったであろう事は間違いない。

 しかし、「弥陀の本願に救われるのだから、何をやってもかまわない」ということではない。そんなことは許されることではない。御同朋おんどうぼう・御同行おんどうぎょうと共に手を携えていくのだから、自分の都合の良い事ばかりを選ぶ事ではないということを、親鸞や蓮如は、あれこれ言葉を選びながらも、目指す方向を指し示している。
 そのことは誤解してはいけないところである。

 信仰は先祖のための供養の道具ではなく、自分自身が生きていくための力となっていたのだ。

 私は、「当時の人は偉かった」という感想ではない。行き着く先が保証され、日々の苦しい生活にうち勝っていった逞しさに比べると、なんと自分の日々の送り方が、ひ弱で消極的なものかと思い知るのである。

 物質的には豊である。日々の暮らしも極貧ではない。一見何も不満はないのだが、それでも何となく虚しさを覚える。

 私は一対どうなってしまうのかという不安がないではない。

 ナンマンダブツを申せと言われても、口に出すことが出来ない。

 私が私を見捨てているのだ。そのくせ、三度の食事だけは、腹が減って腹が減って…。

「朝夕二度のお勤めは忘れても、三度の箸は忘れない」のである。

 本来信仰と言うものは「私一人のため」の生きる力でとして働いてくるものでなければならないのに、「先祖供養」などという、それこそ胡散臭い「まじない」みたいなものになってしまった事に慣れ親しんでしまった私たちがあるのではないだろうか。


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