いのちの教え 思いやりが芽がふくとき


東井義雄さんの東井義雄「いのちの教え」という本の中から
  (ブックコード ISBN4-333-01571-5 C0095)
<転載許可済み>


 東井義雄さんは、兵庫県出石郡但東町の東光寺という西本願寺派のお寺の住職をされながら、生涯を教育に尽くされた方である。
 不思議なことに、ご長男の義臣君とは大学で一緒に講義を聴きながらも、東井さんの息子だとはついぞ知らなかった。教育学の教授が出席をとりながら、「東井君いうたら、あの東井さんの息子か?」と尋ねられたのが何故か強く印象に残っている。今、義臣君は病床に伏せておられるという。
 東井さんは平成3年に亡くなられたが、その後も多くの著作が刊行され、私の手元にもたくさんの東井さんの本がある。
 その中で、平成10年に初版第9刷として発刊された東井義雄「いのち」の教えという本の中から、感動の教えをご紹介したい。はじめは、私の思いの中で、先生の言葉を引用させていただくつもりだったが、先生の思いをそのまま伝えたいために、その一部をそのまま掲載させていただくことにした。どうぞお許しいただきたい。
 ここでご紹介することについては、「株式会社佼成出版社」、「東井義雄記念館」のご了解とご厚意がいただけたことを申し添えます。


 幼児学級に出かけたときの、一人のお母さんの述懐が忘れられません。
「私はいつも丈夫なんですが、珍しく疲れが出て寝ていました。そこへ、いつもやんちゃばかりしてわたしを困らせているわが子が、保育園から帰ってきました。

 いつもなら、カバンを放り投げておて遊びにいってしまうわが子ですのに、わたしが寝ているものですから、心配そうにそばへ寄ってきて、『お母ちゃん、元気出せや』『お母ちゃん、元気出せや』と私を励ましてくれるのです。わが子なればこそ・・・とうれしくなって、『あんたの好きなもの買うてきな』と、十円玉を一個やりましたら、それを掴んで、一目散に飛び出していきました。

 しばらくして帰ってきたわが子の掌には、チャイナーが一個ありました。それを自分でなめるのかと思いましたら、『お母ちゃん、ねぶれや(なめなさい)』『お母ちゃん、ねぶれや』と、わたしの口の中にねじ込んでくれるのです。
 病気をしたおかげで、母であることの幸せを味わわせていただきました」
 と訴えるお母さんの目には、涙が光っていました。

 母の、深い悲しみの顔が、私に、母の心を思いやる心を育てたように、やんちゃ者のこの子どもも、ふだんの元気さを失ったお母さんにふれると、このように言い、このようにせずにはおれなかったのでした。 -東井 義雄-


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